大津地方裁判所彦根支部 昭和54年(ワ)53号 判決 1981年10月30日
原告(反訴被告)
斎藤健造
右訴訟代理人
田辺照雄
被告(反訴原告)
興亜貿易株式会社
右代表者
神野学
右訴訟代理人
上田正博
主文
一 被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金一八〇万円及びこれに対する昭和五四年六月二二日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告(反訴被告)を委託者、被告(反訴原告)を受託者とする別紙売買一覧表(一)記載の金の売買委託契約に基づく原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する金七九八万八〇〇〇円の債務は存在しないことを確認する。
三 反訴原告の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。
五 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実《省略》
理由
一被告が貴金属の販売を目的とする会社であること、原告が被告に対し金地金の売買を委託(いわゆる延べ取引)し、昭和五四年三月一四日に三〇万円、同年四月二七日に一五〇万円を保証金として預けたことは当事者間に争いがなく、<証拠>を総合すれば、原、被告間で被告主張の別紙売買一覧表(二)記載の延べ取引がなされたことが認められ、右認定を覆えすにたりる証拠はない。
二原告は、原、被告間の前記延べ取引の無効を主張するので、まずその点について判断する。
判旨(一) <証拠>によれば、被告が顧客の委託に基づき東京貴金属市場で取引する金地金の売買は、「現物取引であつて、現物の受渡しに期日を定め、受渡し期日には売方は現物を、買方は買付代金を授受して決済し、原則として転売または買戻しによる差金決済は行わない」旨取引約款に明記して、現物売買を建前としている。
しかし、<証拠>によれば、実際には、現実に商品の授受をすることは殆どなく、転売または買戻しによる差金決済を行つていたもので(商品取引所法に抵触することを避けるため、差金決済を「契約の中途解約と受託者たる被告の立替による処理」であると称してはいるが)、原、被告間の本件延べ取引もすべて差金決済であり、その実態は明らかに商品取引所法二条四項にいう「先物取引」である。
そこで、本件延べ取引が商品取引所法八条に違反するものであるか否かが問題となる。同条は「何人も先物取引をする商品市場に類似する施設を開設してはならない」「何人も前項の施設において売買してはならない」と規定し、その違反者に対する罰則をも定めているが、原、被告の主張の対立にあらわれているとおり、本条に違反する商品とは、同法二条二項に定義されている商品すなわち商品取引所に上場されている、いわゆる指定商品に限られるのか、それともそれ以外の商品をも含むと解すべきかの争いがあり、いずれをとるかによつて同法八条違反につき結論がわかれるのでこの点につき判断する。
差金決済を目的とする先物取引は、射倖契約的構造をもつから、これが組織的、継続的に行なわれれば、過当な投機や不健全な取引が生じる危険性が大きく、とくに当業者とはちがつて商品先物取引の仕組や相場に無知な大衆が顧客として取引に参加する場合、その無知に乗じて顧客(委託者)の利益を無視した勧誘や取引が行なわれるおそれがあり、その結果投機に適さない薄資大衆を過当投機に巻きこんで破滅的な損害を与えるなどの社会的混乱をも招きかねない。したがつてこのような先物取引の弊害や危険を防止、制御する法の後見的規制が必要である。ところが、その制度としては現在のところ商品取引所法しか存在しないのであるから、指定商品に限らず、あらゆる商品の組織的継続的先物取引が同法八条の規制下にあるとする立法以来の通説的解釈に妥当性を認めざるをえない。「先物取引をする商品市場に類似する施設」のなかから有価証券市場だけを除外した同条一項の規定の仕方も右解釈の根拠となりうる。以上の理由により、本件延べ取引は同条に違反すると解するのが相当である。
(二) さらに、原告が長らく教員をして昭和五四年四月一日退職した者であることは当事者間に争いないところ、<証拠>を総合すると、原、被告間の本件延べ取引の実情につき、以下の事実を認めることができ、この認定を覆えすにたりる証拠はない。
1 原告が本件取引を始めた動機は、たんに二人の息子に金地金を一キログラム宛買い与えることにあつた。ところがそのまま投機のための取引に移行し、まもなく大量の金地金の売買をするに至つているが、原告にそのような巨額の投機をなしうる資力はなかつた。
2 原告には教員の経験しかなく、先物取引の仕組や金相場についての知識は殆どない。にもかかわらず初めから指値注文ではなく成行き注文をしている(乙第一号証)ことからもうかがわれるように、売買の決定を殆ど被告の外務員に一任していた。
3 他方、被告の外務員中村義己は、原告に対し、投機の危険性を明らかにせず「私は金取引のプロだから損をさせるようなことはしない」などと安全な利殖方法であるかのように言つて勧誘しており、しかも、その中村は高校卒で、一年前までは全く畑違いの職場で工員として稼働していた者で、商品先物取引のプロだと言えるような知識経験の持ち主ではない。
4 さらに第二回目以後の取引委託については注文書すら作成されていないので、原告がはたして自分の取引内容とその危険性を充分理解したうえで委託していたのかどうか疑わしい。
5 被告は、原告が資力的に保証金を提供できないと見るや、保証金をとらず、換金不能の互助年金証書を差入れさせて原告に巨額の取引をさせているが、証人中村義己が「保証金は必ずしも事前にとる必要はなかつた」と証言しているように、被告は顧客をして安易に巨額の取引に手を出させる取引方法をとつていた。
6 取引の具体的内容をみると、被告は、昭和五四年四月二四日二キログラム買えばよいところを、二キログラム売つて四キログラム買うとか、あるいは同年五月九日と同月一一日に合計五一キログラムの売り、同月一八日に五〇キログラム買いの両建てをするなど(中村証人は「相場がどうなるかわからないので損をくいとめるためにしたことである」旨証言しているが、両建ての間にあるのは差損だけで差益はなく、しかも手数料が倍になる。顧客の損をくいとめるためには、右の場合売建している五一キログラムを買戻して手仕舞すべきである)、顧客(原告)の不利益になるだけの手数料稼ぎをしている。
(三) 以上のように原、被告間の本件延べ取引は、商品取引所法八条に違反するのみならず、その取引実態においても被告は原告の無知に乗じ、不当な方法によつて原告を先物取引に巻きこみ巨額の損失を蒙らせたものであるから、公序良俗に反し無効と解すべきである。
三してみると、その余の争点を判断するまでもなく本件延べ取引に基づく原告の被告に対する債務はその発生原因を欠くので存在せず、かつ、被告は法律上の原因なくして原告より前記保証金合計一八〇万円を取得したのであるから、これを原告に返還すべき義務ならびに右金員に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五四年六月二二日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、本訴請求は理由があるからこれを認容し、反訴請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(梶田英雄)
売買一覧表<省略>